Sia, le rêve du python (Sia, the Dream of the Python)

昨晩も UW Chinematique でアフリカ映画を見てきました。今回はブルキナファソとフランスの合作。ブルキナファソという国は、たまたまカミさんが通っている英語学校のクラスメートがその国の出身だったので、ああそういう国もあるのかと知ったのですが、それまでは正直まったく知らなかったです。ちなみにそのクラスメートはものすごくシャイな黒人の女の子だそうで、一度だけ挨拶したことがあるのですがとてもピュアな感じの子でした。ブルキナファソも他のアフリカ諸国と同じくまだまだ貧しく、そして素朴な国で、昔の神話などが社会や人々の考え方に与えている影響が現在でも少なくないのだそうです。本作はそのような背景のもとに作られた映画なのだそうですが、映画の内容そのものはフィクションです。
 以下超意訳なあらすじです。ある村での昔から伝わる習わしで、2年に一度、村で一番美人な処女をパイソン(大蛇)に生け贄として捧げるという儀式がありました。生け贄を捧げるのと引き換えに、住民は安住を手に入れる事ができるというのが言い伝えになっています。あるとき村を統治する王に選ばれたシア(Sia)という名の少女が生け贄にされるのを拒む事から物語が始まります。実のところパイソンに生け贄にするというのはまったくの嘘で、儀式を執り行っていた僧侶たちが王も知らぬところで少女をレイプし、殺害していたのでした。そのようなことも知らないシアでしたが、家を抜け出したところで狭い村なので行く場所もありません。しかし運良く村のはずれに住むケルファという狂人に匿ってもらうことができました。ケルファは日がな誰彼構わず暴言を吐くことで有名で、ときには王にもその矛先が向いていたのですが、なぜか彼を罰する事は禁じられていました。ところでシアにはママディというフィアンセがいたのですが、ママディは王の軍隊の指揮官の甥でもありました。自分のフィアンセが生け贄に選ばれたという事実を知ったママディはシアを救出するために、王に対して反逆を試みるのですが・・・というような話です。(ものすごく半端ですが、一応ネタばれしないでおきます。ラストにかけての展開はかなり急激かつ衝撃的、結末はかなり考えらせられるものでした。)
この話の主要なテーマのひとつは「権力」で、権力者をとりまく周囲の人間とその腐敗がいかに愚かであるかという事、そしていかにその腐敗を正すことを公約する新しい権力が台頭してこようとも、結局は同じ過ちを繰り返してしまうということが描かれています。また上にも書いたように、そのような腐敗した権力を村民が許してしまう根本的な要因は大きく分けて二つあって、一つは古くから伝わる神話や言い伝えに大きな影響を受け、権力を畏怖すべきものとして恐れている人々のマインド、そしてもう一つは権力者の誤った行いを批判し、正しいことを主張できる土壌が無く、それを試みる者は狂人としてしか生きて行く道がない社会が確立ししまっていることです。このあたりブルキナファソの歴史や文化を詳しく知らないのでなんともいえないのですが、おそらく現代社会でも似たようなことがあるのかもしれません。ありきたりの事を書きますが、正しい情報を自由に共有できるということは、本当に重要な事です。

追記:
狂人役のおじさん(写真左下)はアダモちゃん久保田利伸を足して二で割った感じの底抜けに明るいオッサンでした。アダモちゃんの説明はここ。
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