いつの間にやら1年
本日、絶賛Xが落ちている。別になにかポストするつもりもネタもなく、ただいつもの惰性と現実逃避で開いただけのだけど、いざ書けない、読めないとなると何か息ができないような気持ちになり、慌ててはてなブログに駆け込んで、時間もないのに書かなくても良いことを書いている。なんだこれは?
そして前回ナポリ訪問して感動して日記を書いてからほぼ1年経っていた事実に気が付き、愕然とする。もう1年か・・・いやぁ早い!
今は本当に時間的余裕がない毎日を送っていて、去年は本当に自由で楽しい毎日を過ごせて良かったなぁとしみじみ。それがサバティカル(研究休暇)というもの・・・
ここはポジティブに考えて、次回(早ければ4年後)に再びサバティカル取得できることを夢見て頑張りますかね。とりいそぎ2、3ツイート分くらいの分量は書いたと思うので、息が苦しいのもなんとか収まった(気がする)。
Forza Napoli!
サバティカル中にフェデリコ二世ナポリ大学を訪問する機会を得た。ロボティクス分野の超著名研究者(TEDでスピーチするくらいの大物)にダメ元でコンタクトしたところ、快諾頂いたばかりでなく、大変暖かく迎えていただき、本当にありがたかった。ランチミーティングに始まり、充実したラボツアー(盛りだくさんの内容で、非常にレベルが高いデモを見せて頂いた)、そして長時間にわたるディスカッションの場を頂き、最後は皆でBarでコーヒーを飲んで別れた。最後の研究議論は本当に身のあるものだったので(期待していた以上の内容を得られた)、今後の連携につなげたいと思っている。
名も無い研究者に対して、どうしてそんなに時間を割いて頂けたのか?後でわかったことは、自分の大学にもロボティクスを専門としている有名な教員がいて、その教員と知己の仲であったとのこと。なんと我が校の校歌も知っていて、サビを歌ってくれたのだけど、そのくらいに仲良くした実績・背景があったお陰で、自分の訪問を受け入れてくれたのだと思う。特に南イタリアはコネが重要と聞くのだけど、そうした旧知の関係もあり、今回の訪問受け入れにつながったと思われる。仲間を大切にする気風で、一度仲良くなれば快く受け入れてくれるのだと思う。
ナポリの冬とは思えない日差しと空の青さ、海の美しさ、人々の暖かさ、やや荒廃した風景ととんでもなく美しい景色や風景が交錯する独特の町並み、手動のエスプレッソマシンで抽出する、クレマがたっぷり乗った濃いエスプレッソ、絶品のナポリピッツァとフリッタータ・・すべてが素晴らしく感じて、ナポリに一目惚れしてしまったというのが正直なところ。今回のサバティカル中にフィレンツェやヴェネツィアをはじめいくつかの都市を訪問する機会があったのだけど、ナポリは本当に特別な場所だと感じた。「ナポリを見てから死ね」は本当にその通りだった。
そんな中でも面白かったのは、セリエAのチーム、SSCナポリのこと。なかなか優勝できない不遇の時が長いチームなのだけど、マラドーナがナポリに在籍した7年間で2回優勝したこともあり、今でも街の英雄(あるいは神)として人気がある。街中のいたるところにマラドーナの写真や絵があり、ホストの先生もランチに向かう道すがらにSSCナポリとマラドーナの話をしてくれた。なんといってもナポリ大学工学部の真横にマラドーナスタジアムがあるくらいで、全試合観戦している熱狂的なファンでもある。しかも、下記の映画には出演もされているほどで、強いナポリ愛を感じることができる。
https://www.imdb.com/video/vi2684664345/?playlistId=tt6899064&ref_=tt_pr_ov_vi
その先生は文字通り街の名士といった趣で、ランチに行く最中にも本当にその辺の人たちからプロフェッサーと声をかけられまくっていた。先生曰く、みんなサッカーで知り合った連中だよ(笑)とのこと。それにしてもこれだけ声をかけられるのは人徳なのだと思う。身体も大きくて、190cmは優に超えている。お年を召されているものの、すごい迫力もあり、そして誰からも愛されているという様子だった。
そんなナポリでの経験があまりにも強烈だったため、ミラノに帰ってきてもしばらくナポリのことが頭を離れず、週末にマラドーナの映画を2本観てしまった*1ほどである(上記は今日教えてもらったばかりなので、これから見る予定)。まばゆいばかりの光と、それと対極的な闇が同居するマラドーナの人生そのものがナポリの現状を反映しているようでもある。Forza Napoli! はSSCナポリを応援する言葉(「頑張れナポリ!」)でもあるけど、ナポリという街そのものを応援しているようにも思える。そうしたところに他の街にはない魅力があり、すっかり惹き込まれてしまった。街だけでなく、先生と研究室にも惚れ込んでしまった。可能であれば、次のサバティカルはナポリ大学に来たいと思った。他の国も考えていたのだけど、今この瞬間はナポリが良いと感じている。何より、研究議論も盛り上がったので、環境としてはこれ以上ないくらいである。イタリア語もそれなりに上達しつつあるので、その意味でももう一度イタリアがいいかなと思ったりしている。
*1:「ディエゴ・マラドーナ 二つの顔」、「マラドーナ・神の手」
いつの間にかサバティカルも折り返し
前回の記事を書いてから早半年弱、そしてサバティカルが始まった7月1日から3ヶ月が経過して、実は既に半年のサバティカル期間は折り返してしまっている。日々のよしなしごと書き記そうかとも思ったのだけど、とにかく7月は査読やら論文投稿で多忙を極めてしまい、そして8月は待望のバカンスなどもあり、日記を書いている余裕はなかった。まぁほんの少し時間を捻出すれば書けたのだろうけど、億劫でやらなかったというのが正直なところである。
現時点で思うところとしては、海外サバティカル生活を通じて自らの入出力が変化したことを実感しているということ。1週間程度の海外滞在では何もかもが新鮮で驚きの連続であるのに対し、1ヶ月以上経過するとだんだんこちらでの生活も日常的に感じられてくる。それであってもなお、一瞬一瞬がかけがえのない時間であると感じられ、空気の匂い、音、街を行き交う人、様々な食材と味、イタリア語の響き、洗練されたデザインの建築物や内装などなど、日頃とは違う感覚を味わっている。そして、これを感じるのは今しかないと思うと、本当にどの瞬間も貴重で、日々のあらゆる細事が大切に思える。それが洗濯だったり、掃除だったりしても。柔軟剤の良い香りに少し冷たい空気がそそぎ、外からは救急車の独特な音が聞こえたりする。そうした時間を大事にすることで、時間の使い方や、自分がなすべきことなどもよく見えてくるように感じている。これはマインドフルネス的な要素かもしれない。その瞬間瞬間に意識を向けて深呼吸をすることにより、物事に集中することもできる。
こういう生活をしている中で、イタリア開催の国際会議にも2件参加して、研究的な刺激を大いに受けている。どちらも日頃参加しているセキュリティがメインのスコープではなく、それぞれ安全性とCVに関わるものであったのだけど、それぞれのコミュニティでのスコープが考え方がわかり、セキュリティの研究としては何が問題であるかが本当にクリアに整理することができた(その内容が次に書く訪問研究での講演ネタの一部となる見込み)。そして、イタリア、およびフランスの研究者を訪問する予定も作り、今月から来月にかけて3拠点ほど訪問する計画もある。日頃こうした研究訪問をやってこなかった反省もあるのだけど、これは精神的に余裕が出来たことが大きいように思う。日々の雑事に追われていると、どうしてもそれらを片付けることを優先してしまい、訪問というエネルギーと時間が必要なことを敬遠してしまう。さらに当然英語でのやり取りであるから、準備やそれなりの覚悟も必要である。研究の話であれば留学生と日頃から英語でやりとりをしているのでなんとかなるのだけど、訪問をするとなると研究外の社交的なやり取りが必要不可欠で、それが楽しみでもある一方、英語で話すのがなかなか難しく、いろいろ勉強しないといけないと感じるところ。最近英語の読み書きはLLMでかなりブーストできてしまっているのだけど、やはりリアルタイム会話では地力が必要で、国際会議でいろいろな人と話をしてみるとその力がかなり衰えてしまっていることを痛感した。これは実地で積み重ねるしかないので、そういう意味でも良い経験になっていると感じる。持って行く講演のプレゼン資料と、様々なパターンの会話サンプルができれば、後はそれを膨らませていくことができる。自分はずっと語れるような趣味もなく、なおかつ記憶力が非常に悪いので(本当に過去に見聞きした色々なことをきれいさっぱり忘れてしまう)なかなか会話の引き出しに苦労しがちなのだけど、料理や味に関しては日々買い物をして作っているという実体験を伴っているため、このあたりはコミュニケーションに役立っていると思う。この話題は世界共通であるし、特に飲食しながらの会話としては一番良いのではないかと思う。イタリアの良いところは食材が豊富で、様々な料理方法があり、そしてスーパーで買ったようなものでもレベルが高く、さらに外食をすれば大変満足の行く食事ができること。この点でもサバティカル生活には大いに価値があったと感じているところ。
今の最大の懸念は、この生活がもうあとわずか10週間ほどで終わってしまうということ。本当に数えるだけしかない。日々大事に生活を送っていきたいと思う。5年後にまた行こうという密かな計画もあるし、毎年短期間(4週間程度)どこかに行くのも良いかとは思うのだけど、まずは今この瞬間かなと思う。単に眼の前の仕事をPCに向かって頑張るということではなく(それも大いに必要なのだけど)、とにかく経験を広げることに集中したいと思う。 まだこちらに来てやりたいと思っていてやれていないことは沢山あるので・・・
イタリア(ミラノ工科大学)でのサバティカル
このブログというか、ダイアリーというか日記をはじめてもう17年にもなる。日記を始めたきっかけは米国大学への訪問研究だったが、17年の時を経て、今度はサバティカルでイタリアでのサバティカルの機会を得た。行き先はミラノ工科大学である。
17年前とはだいぶんモチベーションも狙いも違うのだけど、久々の中期滞在に若干の不安もありつつ、どちらかと言えばワクワクしている。そんな心持ちや、手続きの諸々、経験したことなどを書き記しておこうと思う。X という名のTwitterに書いても良いのだけど、ほとんどが独り言のようなローカルな記録になると思うので、文字数制限もないこちらに備忘録的に吐き出しておくことにする。この日記では最近は病気やら健康のことばかり書いていたわけだけど、ここいらで原点に戻るのも良いだろう。
前回との大きな違いは、米と欧の違いであり、文化も慣習も人も違う。前回はとにかく研究テーマ優先で訪問先(大学)を決めたのだけど、今回は人、食、文化を重要視した結果の選択であった。もちろん訪問先のホストは世界的にも著名な研究者でもあり、生活と研究の良いところどりをしている。また、立場的に前回はアカデミアに入る前で、とにかくなんでも吸収してやろうとギラギラしていた(将来的にアカデミア入りを狙っていた)のに対し、今回はアカデミアに入った後であり、それほどギラギラ感はない。純粋に「研究休暇」を良い環境で楽しみたいと考えている。
下記は17年前に書いた最初の日記。当時は渡航1週間前にバタバタとはてな日記を開設したのだけど、なぜこんなにバタバタしていたのかというほどの余裕のなさが行間から溢れている。当時は家族で引っ越したこともあり、色々あったかなとも思い出してきた。電気水道ガスを止めたり、留守宅のメンテナンス、船便の手配、住民票の異動など。今回は単身で行くので、引っ越し諸々のバタバタはない(はず)。いろいろな手続きをネットでできるようになっているのも違いかな。今回はすでに現地の宿も手配できてしまっている。
一方、当時の自分にはバタバタしているだけでなく、自分の成長のための気概のようなものも感じる。今回も負けずにせっかくの機会を存分に活用したい。ただ、当時のような漠然とした「将来のため」というよりは、「今この瞬間のため」がテーマに変わったかなと思う。この瞬間を思い切り享受しよう。
粉瘤日記(再)
2年半ほど前に切開した粉瘤が再発してしまった。再発に気がついたのはもうかれこれ半年ほど前だったのだけど、その内収まるだろうという淡い期待をして放置していたところ、案の定収まることもなく、結局重い腰を上げて、再び病院に行くことを決意した。
実は先週、既に新しい病院で切開手術を終えているのだけど、前回に比べてなんと楽なこと。切った長さは増えたのだけど、大きな傷みもなく現在に至る。今週末に抜糸をしたら後は炎症が収まるのを待つのみ。その病院は整形外科が専門で、粉瘤手術の症例がとても多い。やはり最初からそういう病院に行くべきだったと反省している。
「鑷子(せっし)」という名前からして恐ろしい響きの器具を使った拷問のような地獄の治療もないし、なんといってもたった1日、それも20分で痛みもなく終わったのだから。本当、あの地獄の日々(それも年末年始)はなんだったのか・・
Oculus Go のアンロック手順
同じ作業をまたやるかもしれないので、備忘録として雑なメモを残しておく。
- Oculus Go を入手(これが案外大変?)
- 経年劣化で、電池を新品に変えてもコントローラが使えないことがある。アルミホイルを電極に挟むと使えることも
- Go を使っているアカウントの開発者モードを有効化する
- 下記を参考に
- https://developer.oculus.com/documentation/native/android/mobile-device-setup/
- 開発者として登録する上で認証が必要(クレジットカードかSMSか)
- スマートフォンの Meta Quest アプリを起動。(既にペアリング済みの)Oculus Go を選択し、開発者モードを enable する
- 母艦の PC に Android Studio をインストール
- unlocked OS build をダウンロード
- https://developer.oculus.com/blog/unlocking-oculus-go/
- unzip すると unlocked_build.zip が出てくる
- 母艦と Go を USB ケーブルで接続
- ターミナルで cd して unlocked_build.zip と同じディレクトリに移動
- adb reboot bootloader と入力
- Go をかぶると画面が USB Update Mode になっている
- Volume ボタンで enable sideload uploading を選択した後、電源ボタンで決定。画面が暗くなる
- 母艦に戻り、ターミナルから adb sideload unlocked_build.zip と入力
- 終わったら Total xfer: 2.00x のような出力が出る
- ターミナルから adb reboot bootloader と入力
- Go の画面は USB Update Mode になる
- ターミナルから fastboot oem unlock と入力
- うまくいくと以下のような出力が出る
OKAY [ 0.031s]
Finished. Total time: 0.031s - ここまで来たら unlock 成功。adb root が使えるようになる
今年の変化(1)
今年の3月末に久々にスーツを着用することになったのだけど、予想通りズボンが入らない。まぁ良い機会だから新調するかと近所の格安紳士服チェーン店に行ったまでは良かった。いざ試着してみると、ことごとくズボンが入らない。さすがにこれは大きいかなぁなんて思いながら「念の為」にキープしたものですら、腹の肉が収まらず、臍の下あたりが何かに挟まれて痛い。それに息を吸った状態にしないとボタンがブチギレて弁償する羽目になるので、息を止めてプルプルしながらそそくさと着脱を繰り返す体たらく。結局、無理なく入ったズボンのウエストはなんと100cm(正確には98cm)!まじか・・・元ガリガリ君だった自分がまさかそんなことになるなんて・・・お買い上げしたスーツのサイズはBB7。スターウォーズに出てくるあの丸っこいキャラクターを彷彿させるナンバーに、暗い気持ちになる。(昔はY7でも緩かったのに!)
過去を振り返ってみると、2005年にD論書いている年に、体重の自己最高記録を叩き出したのだった。その頃の写真を見ると、明らかに顔がむくんでいるのだけど、なぜか食べ物を前に笑っていて、彦麻呂のようであった。この時に叩き出したピーク体重は、その後D論の執筆完了とともに緩やかに収まっていった。それ以来、数kg単位の体重増減はありつつも、そこそこの範囲に収まっていた。が、今般の1年に及ぶ巣ごもり生活の結果、過去の最高体重をもゆうに越えてしまった。そしてウエスト1メートル。これには流石にショックを受けて、なんとかせねばと誓ったのであった。いわば個人の緊急事態宣言である。(つづく)